2021年02月15日

「頑張らない」ことは難しい

もっと素晴らしい人にならねばとか、仕事を頑張らねばと意気込んで、ひたすら頑張ってきた人にとって「休む」ことは難しいことでしょう。

気持ちが凹んだ時には日々の歩みを少し休憩し、ゆったり過ごしましょうと言っても、「休んでどうするんですか。つらい時こそ頑張らなければいけない」と発奮して頑張ろうとします。

頑張ることが本人にとって精神の安定を図る仕方だったのでしょうから、休んだほうがいいと言われたら、それは自分を否定されたことになってしまうのかもしれません。

ですから、頑張っている人にとって「頑張らない」ことは難しいことです。

posted by 加藤直樹 at 13:23| Comment(0) | 努力・頑張る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月05日

親が相談に行くことで不登校の子が変わっていく

子どもが不登校になると、部屋から出ない、あるいは家から出なくなり、ひきこもるようになります。

ほとんどの子は、病院やカウンセリング室、家庭相談所にも行かないので、親は「どうしたらいいだろう」と困ってしまう。

本人が相談所に行かれればよいのですが、それはたいてい無理でしょうから、両親のどちらか一人でも相談所に行くことで状況が変わってきます。

行くのはほとんどの場合にお母さんになりますけれど、お母さんが何度も相談室に行きますと、お子さんはその姿を見ていますので、「僕のことで出掛けているんだ」と感づいて、「僕も変わっていかなきゃ」ということで動きだしてきます。

posted by 加藤直樹 at 11:40| Comment(0) | 不登校・ひきこもり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月31日

失敗や挫折をすることで現実がわかってくる

人は、失敗や挫折を経験しないと現実がみえてきません。

失敗や挫折を繰り返すことで現実がわかってきます。

だからこそ失敗や挫折をすることは大事であると言われています。

とはいっても、自らすすんで失敗や挫折をする人はいないでしょうが、小さな失敗や挫折を繰り返し経験して積み重ねていると、大きな失敗や挫折をせずに済みます。

ラベル:失敗 挫折 現実 経験
posted by 加藤直樹 at 00:12| Comment(0) | 意識・認知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月28日

ツイッターで不満や苦情を呟く行為で不健康に

ツイッターで不満や苦情や怒りを呟(つぶや)くのは、譬(たと)えれば、気分をよくするのにタバコを吸うような行為です。

いら立つことや気に入らないことがあれば、タバコを吸って「あースッキリした」と感じることで解消する。

本人はスッキリしたと感じているでしょうが、タバコを吸うことで害なるものを身体に取り込んで、不健康な自分をつくっています。

不満や苦情や怒りを呟くのも同じで、腹の立ったことを文章にして掲載して「あースッキリした」と感じているでしょうが、その行為をすることで、そう行動する人格を自身に取り込んで、不健康な自分をつくっています。

ですから、そういう投稿をすればするほど、どんどん不健康になっていき、自身がゆがんだ行動をしていることにもだんだん気づけなくなります。

その行為は自身の品格を下げるだけでなく、ツイッターを見ている人たちの気分を不快にさせ、不適切な行為だと指摘をしてくれた人たちにさえ、「嫌なら私のツイッターを見なければいい」とか、「私は正しいことを言っているだけ」などと発言する状態にまでなると、手がつけられなくなります。

posted by 加藤直樹 at 15:57| Comment(0) | 行動・行為 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月24日

不定愁訴という身体の不全感

自身の身に重圧を感じることが長く続くと、身体全体が不全感に襲われることが多くなります。

体調がおかしいと感じたり、部分的に症状が出たりします。

そうした症状は不定愁訴になりがちで、病院に行っても原因は見つからず、自律神経失調症などと言われることが多くみられます。

posted by 加藤直樹 at 10:20| Comment(0) | 精神身体症状 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月18日

マジメにやっても誰も認めてくれない

「世の中って、いくらマジメにやっても誰も認めてくれない。結局、自分のやりたいことをやっている方が勝ちなんだ」、こう思っている人も多い。

この真意は、“他者のため”にマジメにやっても誰も分かってくれない、という“他者のため”というのが抜けています。

言い換えれば、自分でも気づかずに、他者のために身をけずって頑張ってきたということです。

本来、自分の好きでもなく、やりたくないようなことを他者から気に入られるために、もしくは他者に認められるためにマジメに頑張ろうとすればするほど、心のなかは腐々してきます。

ラベル:真面目 まじめ
posted by 加藤直樹 at 10:42| Comment(0) | 不満 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする